The Distance Between 0 and 1
今回はちょっと長文になります。前回のAIの流れから、マシンと人間と音楽の話です。
この動画は、私が好きなドラマーのJoJo Mayer氏が、電子音楽から新たに派生したジャングルやドラムンベースというジャンルから、ドラマーとしての人生を変える衝撃的な出会いがあったことを、あのプレゼンテーションで有名なTEDで語ったものです。(クール!)
ドラムマシンにプログラムされた人間の能力を超える演奏を彼曰くリバースエンジニアリングし、これを模倣して即興演奏することで、新しいスタイルが確立したことについてデモ演奏を交えて、知的に語られています。本来ドラムマシンは人間の演奏をシミュレートする存在ですが、ドラムマシンの演奏を人間が模倣するということから、リバースエンジニアリングという言葉を使っていると思います。
ドラムンベースは元々好きなジャンルで、彼のバンドNerveでこれをアコースティックドラムでプレイしているのを初めて動画で見た時は、これやりたかったやつだ、と思い一気にファンになりました。
最近、上記動画でドラムンベースをフィンガードラムで懐かしんでプレイしたり、ある本を読んだり、YMO ユキヒロ氏の逝去でマシンフレーズを模倣した動画を作成したことから、いろいろなスイッチが入り、TEDプレゼン動画を題材にブログを書いてみました。
TED動画から引用
「ドラムマシンにプログラムされた作り込まれた演奏と、即興演奏との創造的プロセスにある違いに答えが隠されている。」
「即興演奏では、意思決定が速ければ速いほど楽しく、力がみなぎるように感じる。」
「意思決定プロセスが意識的に処理できないレベル ゾーンに入る。」
ジャングルはプログラミングによるものや、フレーズサンプリングしたものを倍速で再生するものがあり、テンポが非常に速いです。マシンサウンドなので当然ですが、演奏できることを考えていません。
このテンポの曲で、即興性を取り入れてプレイするということは、かなり難易度が高いことはわかります。これがまさにここで言っている意識的に処理できないレベル「ゾーンに入る」ということでしょう。
下記の動画では、マシンフィールを意識したまま、ドラムソロを叩くというすごいプレイがあります。(動画最終部分)
人間的なドラムソロをやる部分もありすが、機械っぽいフレーズを多用しています。後者の方がきっと難しい、というかきついと思います。
TED動画から引用
「デジタル文化のリバースエンジニアリングを続けた結果、「0」と「1」の間の違いや距離に注目するようになりました。おかげで口では説明できない自らの創造性の源と人間の存在の理解に限りなく近づくことができました。ここまでにお話ししたことの意味が皆さんにも伝わるように、今から短い即興演奏をお見せします。」
このように語って最後の演奏に入っていきます。
言葉では十分説明できないから、演奏で説明するぜみたいな、なんともカッコいい・・
実は、JoJo 氏、ユキヒロ氏と幾つか似ている点があると思っています。
マシンフィール以外にも、テクニックについての考え方です。「曲に必要なテクニック」であることです。どちらもドラマーというより、アーティストです。トラディショナルな音楽をベースに置きつつも、新しい音に敏感にであり、それを使った音楽を大胆に実現します。ドラムセットのスタイルがある一時ですが似ていると感じた部分があります。JoJo 氏は、上記動画ではTomがBDの上にセットされる伝統的なスタイルをとっていますが、TomをおかずClosedHHなどの金物をおくスタイルのNerveの動画もたくさん見かけました。またユキヒロ氏も、初期YMOの時代、フロントエンドは全てシンセドラムパッドという構成をとっていたことがあります。BDの上にTomがないセットというのは、ドラマーとしてすごく制約を感じるものです。(ビートマシン化する)逆に言えば、Tomなしセットは、スタイルをがらっと変えられるとも言えます。
あとドラム音色のこだわりが両氏ともすごいです。ユキヒロ氏は電子音やエフェクト音について、クールな音をたくさん作り出しました。JoJo氏のすごいところは、それをアコースティック楽器で実現するところです。サイドSDにリング状のシンバルを重ねたりなど、ほとんどオリジナル楽器です。
BD4分打ちリズムのクラブサウンドではスネアを使い分け、グルーブをだしたりしています。
通常Roland TR-909 BD系の4分ダンスビート曲は、その音色自体が重要なのでアコースティックが入る余地はないのですが、太いアナログベースのNerveの楽曲に、JoJo氏の研究されたプレイが乗ると十分アコースティックでもいけています。これもリバースエンジニアリングの結果として個人的に衝撃的な出来事と感じました。
動画に戻りますが、タイトルの”between 0 and 1″と言っている部分、デジタルかアナログか、と言っていないことが気になりました。先に、意識的に処理できないレベル、について少し触れましたが、処理速度に関して言っているのなら、量子コンピュータを連想させます。ただ単に分解能のことかもしれませんが、それだとゾーンに入る、などという深い意味にならないような気がしたからです。(余談ですがKorgのVolca Drumではフレーズを確率で変化させることができあます。これだけでも即興に近い印象を感じます。ちなみに関係ないですが量子コンピューターは確率を使って計算をします。)
最近ジョージ・ダイソン氏の「アナロジア」という本を読みました。奇しくも帯には「0と1に寄らない計算は人類に何をもたらすか?」「ポストAI時代の予言書」とあります。著者のインタビュー動画がありますので最後に引用しておきます。
私がこれを読んで感じたのは、自然とか人間にもう一度目を向けることの重要性です。技術的にはデジタルよりも高性能なアナログコンピュータについて書かれていますが、(といってもほとんどは自然界の話)これはナチュラルコンピュータと言われるものと同義だと思っています。量子コンピュータもその一種ですが、自然界が行なっている計算の方が人間が作るコンピュータよりはるかに速いということです。(デジタルコンピュータはシリアライズという特徴を持つため)
量子の自然現象としての演算について、下記動画は私の理解を深めてくれました。
【誰でも量子コンピュータ!量子機械学習編】Quantum Computing for You【第3回・9/22実施】
イジングモデルと組合せ最適化問題の対応
過去関連記事)
「量子コンピュータプログラミング」
https://decode.red/ed/archives/1421
「Qiskit」
https://decode.red/blog/202301151549/
「Quantum Computer」
https://decode.red/blog/202301031525/
「Artificial Life」
https://decode.red/net/archives/560
「Cellular Automaton」
https://decode.red/net/archives/547
「アナロジア」から引用
「人間の言語は、独立したジェスチャーの連続から進化したもの、あるいはそれと共進化したもので、ノイズの多い低周波帯域での貧弱な伝送に耐えるように最適化されている。このようは制約を受けない知性の間では、まったく異なる言語が生まれるかもしれない。クジラがコミュニケーションをとっていることは間違いない。しかし彼らはわれわれが言語で考えを伝える時のように、知能を不連続の記号の連なり変換する必要はない。われわれが音楽を演奏するとき、クジラは「やっとわれわれと同じようにコミュニケーションしようとする兆しが見えた!」と思っているかもしれない。」
自然界はもっと高度はコミュニケーション(あえて通信と言った方がテクニカルに感じやすいかも)をしているのでしょう。音楽によるコミュニケーションは即興演奏などで体験できます。言葉より具体的な意思の伝達には不自由かもしれませんが、先にJoJo氏が言ったように言葉では説明できないことも伝えることができます。これは本当に興味深いことです。
むしろ言葉には誤解がつきもののことを考えると、言葉より優れているのかもしれません。音楽や絵画などのアートによる非言語の伝達手段というものを人間がさらに身につけることができれば、相互理解能力が高まり、その結果さまざまな誤解を減らすことができるかもしれませんね。
即興演奏によるコミュニケーションの速度は、現在のデジタルコンピュータでいかにプログラミングしようとも(何台もネットワーク化しても)、人間にはかなわないだろうという感覚があります。コンピュータはバッファリングによる遅延というハンデがあったり、人間の先読みする能力までシミュレーションする必要があります。(ニューラルネットワークアナログチップのようなものが必要)
人間の能力が奏でる音楽を機械で模倣し、またその音楽を人間が模倣して新しい音楽が生み出されました。身体性が音楽に影響を与えてるでしょうし、音楽が身体性にも影響を与えます。(ドラムンベースで先の「曲に必要なテクニック」といわれるものを考えたとき、Push-Pull奏法というものが使われています。コツをつかむのが難しいのですが、片手で高速に連打できます。これをJoJo氏は足でもやっている。)将棋AIが棋士に変化をもたらすように、テクノロジーが進むとともに人間の感性も変化していくことでしょう。そして次の音楽は・・また別のレイヤーでの人間からマシンに対するアプローチだと思っています。つまり行ったりきたりするわけですね。
最後になりますが、おまけとして追記します。
マシンフィールのプレイの難しさを実感した、動画についてです。
マシンビートを模倣したことで新しい奏法に挑戦しました。珍しくコメントをたくさんいただき恐縮です。
今回の話題にもつながるので、この動画に込めた意味も少しお話しします。
動画と撮ろうと思った動機は、もちろん多大な影響を受けたミュージシャンのユキヒロ氏の逝去で、このタイミングに何か爪痕を残したいと思ったからです。選曲したU.Tは、とても興味深い位置付けの曲なので選びました。この曲はライブでは演奏されたことがない曲です。ドラムはもともと8ビートのパターンを、16分音符分ディレイをかけているため、音数が倍になり16ビートのリズムになっています。元が8ビートなのでテンポの速く、ドラムセットで再現するには、かなり悩むパターンです。最終的に、手で16ビートをシングルストロークで叩くのは、きついのでダブルストロークを混ぜました。そうするとBDのシングルストロークに合わせるのが辛くなりますが、この方法にしました。(テクノは修行)
次はイントロですが、ここではマーチングドラムのエッセンスが入っています。JoJo氏がジャングルやドラムンベースを即興でドラムプレイしたいと思うのと同様、このエッセンスをドラムセットでプレイしたい、という思いが長年ありました。(奇しくもJoJo氏のプレイの中にもマーチングフィールがよく見られます。ハイピッチSD上のスティックショットなど)このセットは通常のツインペダルで叩くBDの他に、その左右にBDペダルを置いて音程感のあるBDの演奏ができるセットになっています。YMOの楽曲には、Roland TR-808のBDやTomを使った音程感のあるシーケンスフレーズがよくあります。UTのイントロも同様で、この音はマーチングの音程感のあるBDの音とよく似ているのです。そこで今回これの一部を使ってイントロを再現しました。あとMC部分のクロススティキングですが、これもテナードラム(クイント、クォード)でよく使われる奏法です(太鼓が三つ横に並ぶと使える)。ルックス的にもフロントの4パッドはYMO初期のシンセパッドのオマージュです。シモンズの音は初期にはありませんでしたが、この製品があればきっと使われていたことでしょう。初期の楽曲にもマッチする不可欠の音と思っています。
長くなってしまいましたが、あのとき何を考えていたっけ、というとき思い出せるように、というつもりで書きました。
本来のブログ(Web Log)の役割とはこういうものだと、言い聞かせて。。
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